住宅開発・新築は、もういらない。

今でもところどころで、
山や森林が大規模開発され、
いわゆる「ニュータウン」が開発されている現場があります。

ずっとずっと昔から、
「日本にはもうそんなものいらないのに」
と疑問に思っているのですが、
今日車で走っているときに
山林を開拓してとんでもなく大規模な宅地開発が行われているのを見て、
改めて怒りが湧いてきたので、今日はその発散です(笑)。

写真はイメージです。これをもって無駄な開発と断定しているわけではありません。

なぜ住宅開発されるのか

皆さんご存じのとおり、現在日本は、
人口の縮小局面に入っています。
人口が減少するということは、
当然のように住むところは少なくて済むようになります。
これ自体は、小学生でもわかるようなことです。

しかし現に日本は今でも、
新しい住宅が建てられるだけでなく、
そのための新しいニュータウンが開発されているのです。

これほど愚かなことはありませんよね。
日本の基幹産業の中に、
不動産と住宅建設というものがあって、
そこで勤務する人たちが大勢いて、
その産業を縮小することで彼らの仕事が減少すると
日本の経済に悪影響を与える側面があるということは、
もちろん理解しています。

しかし、それにしても現段階でこれ以上必要とは思えない住宅地を
なぜ増やす必要があるのか。
それによってあからさまに生み出される弊害が、いくつもあります。
結論としては、住宅を増やし続ける方向は
日本経済全体にとってマイナスであるということにしかならないだろうと思います。

それなのに、このような住宅開発に
これまで以上の制限がかけられている様子は(少なくとも私のような素人目には)なく、
その方向を転換しようという機運が感じられません。
このままでは日本全体の国土が、大変なことになってしまうのではないかと思います。

日本全体の都市計画のグランドデザインはどうなっているのか。
きっとそういったものもあるのでしょうが、今行われているようなことが
正しい方向性だとはとても思えません。

無駄が多すぎる。

私の住んでいるところから、車で5分から10分ほどのところに、
比較的最近、大規模に開発された地域があります。

駅からのアプローチなど相当不便で、
とても便利な街とは思えません。
しかしそれでもきれいな街は人気があって、
その新しく生まれた街には多くの若い家族が住まい、
人口が増えています。

そしてそこには学校が整備され、
近隣の駅までのアプローチが開発され、
現在は徐々に便利な街に変貌しつつあります。

しかしその一方で、
私の母校である小学校は生徒数が当時の1/3以下となり、
近隣の小学校では統廃合が進んでいます。

そこに住む人たちはどんどん高齢化。
街からお店が減り、スーパーマーケットがなくなり、
高齢者はいわゆる「買い物難民」と化しつつあります。

一方では高齢化が進んで人口が減って学校等の施設が閉鎖され、
他方では最近開発された地域で人口が増えて、学校等の公共施設がつくられる。
これって無駄なことが多すぎますよね。

学校だって上下水道等のインフラだって、最寄り駅の開発だって、
それらには国及び地域の税金が投入されています。

元々私たちが住んでいる場所があるわけですから、
その既存の場所を再利用すれば、
既存の設備はそのまま使えますし、
それらをきれいな状態に更新するにも、一から作る必要はありませんから、
そこへの税金の投入は、少なくて済むはず。

新しい住宅が開発されることで、町がすたれて学校がなくなり、
新しい住宅では人が増えて学校がつくられる。
本当になにやってんだかと思います。

空き家問題はどうするのか。

これも今や世間の常識となっていますが、
現在日本には、相当の数の空き家が存在し、
平成30年時点で約8,489,000戸と推計されています。

適切に管理していない建物や土地が引き起こす問題は、
老朽化による倒壊、景観の悪化、放火による火災などがあげられ、
これらは地域に大きな悪影響を及ぼします。

そして、そもそも空き家が増えるということは
その地域の住民が減少しているということを意味し、
それによって町が衰退していくことが、
何より大きな問題です。

国も重い腰を上げ始め、
各地方自治体は、問題が身近な分
それぞれがようやく危機感を抱き始めて、
さまざまな政策を打ち出すようになりました。

しかしこのような空き家問題の解決を叫びながら、
一方では、あらたな住宅が開発されているのです。

日本の人口は減少していますから、
ただでさえ放っておいても空き家は増えていきます。
その状態で住宅を開発すれば、
当然若者はそちらに目が向きますから、
既存地域の空き家増加にますます拍車がかかるということとなります。

どうも本気で空き家問題に取り組もうとしているようには思えません。
住宅産業が大切なのはわかりますが、
こんな弊害を生み出しながらそこに固執するのはどう考えてもおかしい。

ムリに既存の産業を守ることで無駄を生み出し続けるよりも、
その産業がしぼんだ分、未来に向けて可能性の広がっている産業にシフトしていくことで
国全体の経済を押し上げる方が、正しい方向性だと思うのです。

中古住宅にもっと価値を。

本日の日経新聞にも載っていたことですが、
日本は住宅ローンの残高がずっと増加傾向にあります。

アメリカも同様の状態にあるわけですが、
日本とアメリカの大きな違いは、
中古物件に対する資産価値です。

日本は住宅に対してスクラップ&ビルドの意識が強く、
「新築こそが素晴らしい」ということになっています。
住宅は時が経てば経つほど価値が減少し、
住宅ローンが終わったころには、価値のない資産、
場合によっては負の資産を持っているという状態に
なってしまいます。

しかしアメリカは、中古物件にもちゃんと市場価値があり、
ローンが終わったころには、手元に「住宅」という形で
財産形成がなされているのです。

これは本当に大きな差です。

中古住宅に価値が認められないから、
新しく家を買おうという人が中古住宅を購入する機会は少なく、
結果として中古住宅は売れにくいので、そのまま放置され
老朽化して、さらに売れにくくなり、
最終的には逆にお金を払わないと誰ももらってくれない、負の資産となる。
こんな負の連鎖を生み出しています。

そして中古物件が価値を持たないことから、住宅メーカーも、
長く将来にわたって残されていくことで価値が増加するような家を建てるのではなく、
今住んでる人が住み続けられればOKというような品質のものに
なっていっています(もちろん住宅メーカーによって異なるでしょうが)。
この部分でもさらに、中古物件が価値を失っていくという負のスパイラルを生み出しているのです。

最近内覧させてもらった建物について、地元の不動産屋さんは、
「この建物は50年ほど前に建てられた建物ですから、躯体がしっかりしていますよ。
 これよりさらに古い建物でしたら、もっとしっかりしてますよ」
とおっしゃってました。

これから建築されていく建物も、昔の建物のように、時が経っても価値が失われない、
そんな建造物であって欲しいなと思います。

日本はとにかく、住むところにお金がかかり過ぎ。
これも日本人の豊かな生活を毀損している一つの原因であろうかと思います。

なんとか、古いものを大切にして残していく、
それによって無駄を省き、
もっと生産性高く将来性のある部分に振り向けることで経済が活性化される、
そんな社会であって欲しいなと心から思います。

私が自分のブログでこんな不満をぶちまけたところで世の中が変わるとは思えませんが、
やり場のない怒りを、ぶつけさせていただきました。

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