銀行は目利きができないものと、割り切る。

銀行に融資の話しを持って行ったときに、
「なぜ、この審査が通らないのだ」
と理不尽に感じることが多いかと思います。
なぜそうなるのかと、その対応について。

銀行の担当者は、目利きができなくなっている。

最近に始まったことではないですが、
「今の金融機関の担当者は、目利きができなくなっている」
ということを、よく耳にします。

ここでいう「目利き」とは、
・その融資を求めている会社が成長する会社なのか、
・その会社の経営者の経営手腕はどうなのか、
・その融資対象の事業は成功する可能性が高いのか。
こういったことを適切に判断する能力のことです。

かつての銀行マンはその能力が高く、
積極的な融資をしてくれることがあったそうです。

失礼を承知で書きますが、
確かに今の金融機関担当者には、
その能力が高い人が少ない(またはいない)ように思います。

ただ私は税理士・経営アドバイザーとして独立して20年近くになりますが、
20年前はどうだったかというと、
今とさほど変わらないんじゃないかとも思います。

当時は、地方銀行の金融機関に優秀な人材が、
まだ今よりも多く流入していましたので、
稀に個人的に能力の高い人はおられましたが、
全体としては大きな変化はありません。

ですから「かつての銀行マンは目利きの能力が高かった」
というのは、ほぼ昔話のようなものです。

それ以前(30年ほど前)は日本自体がまだまだ成長過程にいて、
どんな事業でも今より失敗する可能性が低い経済状況でしたから、
ひょっとしたら、それほどの目利き能力がなくとも強気な貸出ができて、
それが実際に花開いた、というだけのことかもしれません。
あくまで私の推測ですが。

スコアリング重視と過度のリスク回避

いずれにしても、企業や事業への適切な評価ができないということは、
金融機関は企業をどのように判断するかというと、
結局は表に見えるもの、つまり表面上の決算数値でしか
判断ができないことになります。

ですから利益が出ていて潤沢にキャッシュを保有している会社は、
融資の必要がないのに、銀行に「借りてください」と言われるけれども、
利益も個人資産も有しない小零細企業に対しては、
相手にされない、とまでは言わずとも、
「なんとかして助けてあげよう」という意思が
金融機関側から感じ取れません。

私が関わったとある融資では、
金融機関側がもってきた回答は、
「同額の定期担保をお願いします」
というものでした。
定期担保とは、定期預金を借入金の担保として差し出すことをいいます。
担保として抑えられるということは、
借入がある以上その定期預金は一切動かせなくなるということです。

「そんなん、借入の必要ないやん」と思われた方、
全くその通りです。
「そんな条件ならば最初から定期預金のお金を使いますよ」
ということになりますし、
銀行の立場から見れば、融資額の同額を定期担保でいれるということは、
もしその借入が焦げ付いたとしても、
銀行側には一切リスクが伴わない、ということです。

口には出しませんでしたが、正直
「そんなリスクゼロの貸出だったら、オレでもできるわ」
と憤りましたし、それと同時に、
この銀行は少しでもリスクがあれば、
最初から貸出する気がないんだな、と思いました。

銀行がリスクを全くとらない、ということは、
「銀行側はその会社に対して信用をしていない」、
ということの表明として受け止められても仕方ありません。
経営者からしたら、
「うちの会社の評価はそんなもんですか」
ということになってしまいますよね、当然。

本来の金融機関の役割って・・。

本来金融機関というものは、
資金力のない成長性のある企業や事業に対して資金を融通することで、
その事業の成長を促進し、
その活動を通して利子を得る、という事業です。

もちろん貸出側としてリスクに備えることは大切ですから、
担保を抑えたり、信用保証協会を通したり、
というのは理解できます。
逆にそうでなければ過剰な貸出となって、
銀行の経営に支障をきたしますし、
借入をする企業側にも甘えがでます。

しかしだからと言って、全くリスクを取らないのではなく、
ちゃんとその企業なり事業なり経営者なりを、
この先成長するものかどうかを適切に評価して、
多少のリスクを抱えながらも積極的な貸し出しを行ってこその
金融機関じゃないかと思います。

ですから金融機関は、
企業・事業を正しく評価する力をつけなければなりません。
そうすることで、
現状の資金力は乏しくとも成長力のある事業への投資を通して、
利息収入を得ることができます。
そしてそれこそが、金融機関の社会貢献・存在意義だと思うのです。

「目利き」に対する能力を磨かず、
スコアリングのみに頼って貸し出しをするということは、
決算書を機械に打ち込みさえすれば、
企業の評価と融資可能額が算出されるということです。

であれば、それは誰でもできる仕事ということになりますから、
自ら、その存在価値を投げ捨てたも同然です。

すでに始まりつつありますが、そんな融資は、
近いうちに完全にAIに乗っ取られることでしょう。

地方銀行の存在価値が薄れつつあって近い将来その多くが不要となると、
数年前から言われるようになりましたが、
これは金融機関自身が自らまいた種なんじゃないかと思うのです。

おそらくこれから先も、
こういった金融機関の姿勢が変わることは
あまり期待ができないと思われます。

つまり我々は、その決算書数値のみでこれからも金融機関に判断され続ける、
ということです。
そうなると、決算書の示す過去の決算数値は、
これから展開しようとする事業内容の秀逸さより、
よぼど重要な意味を持つと考えるべきです。

だからといって、決算書を弄って、粉飾まがいのことをして良いはずはありません。
というか、絶対にしてはならないことです。

しかしスコアリングを前提に、
少しでも評価の高い決算書の作成の仕方というものは存在します。
顧問税理士さんには、ぜひともその辺りを強く意識した決算書を
作成いただくよう要望しましょう。

ただ残念ながらそういったことに意識を向けない税理士も多いのが現実です。
もしほかの信頼できる税理士がいるようでしたら、
一度セカンドオピニオンの立場で決算書を見てもらうというのも、ありかもしれません。

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