時間を作っているようで、奪われている。

先日の日経新聞に、
「タイパ重視」
「時間争奪戦、企業も揺らす」
というタイトルが1面に。
最近人々はタイムパフォーマンス(以下、「タイパ」で統一)を
重視した生活を行っているらしいですが、
それを問題視した記事であり、
私も大きな違和感を覚えました。

人類は、お金を奪い合ったり、土地を奪い合ったり、時間を奪い合ったり、大変です。

なんのためのタイパか。

その新聞記事に載っていたことですが、
最近の音楽は前奏がどんどんと短くなっているそうです。

直近でよく売れた楽曲には、前奏ゼロ秒、
つまりいきなり歌から入るという曲が
多くなっているとのこと。

楽曲の演出上、昔からそんな曲はありましたが、
確かに今の曲はそんなのが増えて、
前奏があったとしても確かに短く、
またはインパクトが強いものになってきているように思います。

要は、今の人たちは、タイパを重要視するあまり、
数十秒の前奏すら我慢できなくなってきている傾向がみられる、
ということでした。

そして学校の授業の動画なども、
倍速などにして聞いているという。

たしかに私も、情報を入手するためだけのものについては、
倍速で聞いたりしています。
時間が効率的に使えますので。

ただ前述のような話しを聞くと、
そのタイパは、なんのためのタイパなのか、
というところに大いなる違和感を覚るのです。

タイパは豊かな生活のためではないのか

私も先ほどの「情報を倍速で入れる」例だけでなく、
基本的には、いかに時間を効率的に使うのか、
ということについて
とてもこだわって生きています。

同じ効果を生むのであれば、
その時間は短い方がいいからです。

しかしそれには私なりの目的があります。

時間を濃縮しても影響のない部分をできるだけ濃縮化し、
そうやって生まれた時間で、
ゆっくりと本を読んだり、
ゆっくりと物思いにふけったり・・・。

そんなゆったりした自分の時間を作り出すために、
効率化できるところは徹底して効率化しようとしているのです。

主役はあくまで、「ゆったりしている時間」。
それがあってこそ初めて
人生は豊かなものになると思ってやっています。

ある意味、究極の非効率を生み出すための効率化、
といった感じです。


しかし今の人々の「効率化」を見聞きしていると、それは
時間を効率的にすることそのものが、
目的化しているように思えてなりません。

ただひたすらに、日々の時間を極限まで濃密に・濃厚に
生きようとしているのです。
これはとても恐ろしいことです。

きっともともとは、
本当に大切なことに時間を使うために、
効率化を始めたのだろうと思います。

しかしそれを突き詰めていくうちに、いつのまにか、
それ自体が目的化してしまう。
そして逆に常に時間に追われる生活となってしまっているのです。

ミヒャエル・エンデの「モモ」

ドイツ人作家ミヒャエル・エンデの「モモ」については、
以前のブログで紹介させていただきました。

今回のこの新聞記事を読んで、
まさに現代の人間は、かつてよりもさらにハイレベルな形で
時間泥棒に時間を奪われている!
と感じました。

この新聞記事の中で、NETFLIXの創業者が自身の著書で書いていた象徴的な言葉として、
次のような言葉が紹介されていました。

「競争相手は睡眠。ここでもわれわれは勝ちつつあります!」

まさにモモに出てくる時間泥棒「灰色の男たち」が言いそうな言葉です。

睡眠は大切です。
「こうすれば、ショートスリーパーになれる」
みたいな情報が出回ったりもしていますが、
ショートスリーパーになると確かに使える時間は増えますが、
着実に健康を害しています。

さらにはそのようにして増えた時間を、
結局時間泥棒に奪われて、
日々走り回って生活をしているのです。

私だったら、睡眠時間を削って得た時間は、
ゆったり過ごす時間にしたいです。
つまり睡眠に使うことになり、睡眠時間は減りません(笑)。

しかし、このような形で人類が
時間の効率化競争と時間の奪い合い競争を始めると、
それはデフレ経済下の値引き合戦のように、
際限がなくなります。

そしてより多くの時間を濃密に使おうとしている人たちは、
それが実現できればそれは自分たちの勝利だと思っていることでしょう。

もちろん価値観の差はあるかと思いますが、
私はそうは思いませんし、思えません。
そんな人たちを横目に、ゆったりとした時間を過ごす。
これこそが勝利なんじゃないかと思います。

というか、誰かと競ってるわけではありませんから、
そもそも勝利とかいうことでもありませんが。

もともとは、人生を豊かにしようと
時間の効率化を実践しているのに、
結果として却ってなんだか
人生が貧しくなってしまっていると感じている人は、
このブログを読んだら、
ぜひ一度立ち止まって、振り返っていただけたらと思います。

どのように生きるのが、自分にとって幸福なのか。
そしてその幸福を得るためには、
日々何を大切にしなければならないのか。

時間泥棒にくれてやる時間などはないはず。
もっと「自分のために」時間をつくることを意識しましょう。

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