『嫌われた監督』

最近、「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか」という本を読みました。
本人の著作ではなく、ずっとプロ野球監督・落合博満氏を理解しようと追いかけ続けた新聞記者による、ノンフィクションです。
最近読んだ本の中でも私にとって間違いなく最高の一冊でした。
当時のプロ野球事情をご存じの方にはぜひ読んでいただきたい、
超オススメです。
経営者目線でもとても惹かれる部分があります。今日はその所感を。

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落合博満氏について

私の尊敬する人物の一人です(プロフィール参照)。
落合博満氏は、言うまでもなく
現役時代は日本でただ一人3回の三冠王をとったスーパースラッガーです。
そして監督としては、
2004年から2011年までの8年間、中日で采配をふるい、
そのすべての年においてAクラス(3位以内)、
その半分の年(4回)リーグ優勝、
一度の日本一
という成績を残します。

ソフトバンクや巨人や阪神といった金満球団ではなく、
非常に予算が厳しく大きな補強が望めない球団で
この成績は驚異的です。

落合氏の何がすごいかというと、
とにかくその洞察力が驚異的であるということ。
そして野球のあらゆる一つ一つを理論化し、言語化できるということ、
だと思います。
現役時代に落合氏の元でプレーした選手は、彼のことを
「預言者」と呼んでいました。
言った通りになる。
そして、「ほらな」って言う(笑)。

私も驚愕した記憶がありますが、
落合氏は監督就任時に誰一人補強することなく、
「現有戦力を10%底上げすれば、優勝できます」
と就任会見で宣言し、実際に1年目から優勝してしまいました。
所属選手からしても、
「え、俺たちだけで優勝できるの?」という感じだったそうです。

他の人に見えないものが見える。
そして他の人には見えないだけに、
話す内容が一般人には伝わらず誤解されてしまうため、
マスコミには話さなくなった。
そして嫌われるようになった。
そんな人です。
勝利至上主義で冷徹な印象ですが
実際にはこれほど選手への愛情があった人もいなかったのではないかと思います。

偶然性に頼らない

経営の視点から読んでも、本当にいろんな示唆を与えてくれる本でしたが、
その中から2点だけ。
その一つが「偶然性に頼らない」ということです。

落合氏は野球を知っている人なら誰でも知ってる天才打者でした。
しかし監督時代は「徹底的に守り勝つ野球」という、
全く正反対のチームを作ります。
打者は良くても3割。守備は限りなく10割に近づけることができる、
ということで、
奪い取った1点~3点を計算できる投手力と守備力で守りきる、
限りなく勝利の可能性を高める野球でした。

おそらく、先の就任時における優勝宣言も、
守備力と投手力が10%あがる
→前のシーズンのこのヒットは全部アウトにできる。
→これだけの点は取られないようにできる。
→昨シーズン落としたこの試合は勝てる。
→昨シーズンよりこれだけ勝ち試合が増える
→結果、今のメンバーで優勝できる。
という理詰めのものだったのでしょう。私の推測ですが。

経営においても、理詰めで物事を考えることはとても大切です。
売上という視点一つとらえても、
『利益を出すためにはこれだけの売上を上げないといけない』
『これだけの売り上げをあげるためには、
こんな活動をこれだけのボリュームで行わないといけない』
『そしてその精度を高めていくには営業担当のこのスキルをこの方向で高めていかないといけない』
などなど・・

これはあくまで「売上」という部分にフォーカスした話しですが、
この考え方を経営の隅々にまで行きわたらせる必要があります。
そして経営全体は有機的につながっていますから、
理詰めで経営を考えるためには、まず前提条件として、
「経営全体とはどういうものか」が掴めていないといけません。
経営全体については、こちらの記事を参照ください。
 「経営を俯瞰する」

経営の隅々まで、
「これはこういう理由だから、こうする」ということを
経営全体をとらえたうえで、すべて即座に答えられる状態になっていると、
その経営者のもとで働く社員さんも非常に納得感が高く、
自分の役割とやるべきことが明確になりますから、
働きやすいことだろうと思います。


定点観測

もう一つ、この本を読んでいてなるほど、と思ったのが、
定点観測でした。

ある日、この本の著者が取材のため
チーム練習をじっと見ていたときに落合監督が歩み寄ってきて、

「ここから毎日バッターを見ててみな。同じ場所から、同じ人間を見るんだ。それを毎日続けてはじめて、昨日と今日、そのバッターがどう違うのか、わかるはずだ、そうしたら、俺に話なんか訊かなくても記事がかけるじゃねえか」

「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか 第二章 森野将彦 奪うか、奪われるか」より

と言ったそうです。
その後のエピソードとして、
当時中日というチームの中で聖域とも考えられていた立浪選手を
レギュラーからはずすこと、そして、
監督就任7年目に、球界最強の二遊間とされていた二塁手と遊撃手の
守備位置を入れ替えることが語られます。
両方とも当時、誰の目から見ても
「なんでそんなことするの?」ということだったそうです。

しかし、この2つのエピソードとも根底は「定点観測」であり、
ちゃんとそこに理由がある。
しかも誰も気が付いていない。
落合監督はいつも同じ場所から同じように選手たちをじっと見つめているそうです。
それによって他の人には見えない差が見えてくると。

先ほどのエピソードの後者では、
慣れない守備位置に変わることで
鉄壁と思われていた二遊間守備(特に遊撃手)の送球エラーが激増したそうです。
でもチームはその年に優勝してしまいます。
周囲の人たちは、
「鉄壁の守備位置をなぜわざわざ変えるんだ!それによってエラーが激増してるじゃないか!」
と非難轟々。
守備位置をコンバートされた本人たちすらもなぜ替えられたのかわからない。
しかし、周囲からは鉄壁と思われていても、
徐々にその守備範囲が狭くなっていっていることに、
定点観測をしていた落合監督だけが気が付いたそうです。

守備位置を入れ替えることで守備範囲が広がり、
増えるエラー以上に、これまでヒットになっていた打球をアウトにできるようになっていた、
ということに後から気が付かされたとのことでした。

これを読んだとき、
経営者が社員のことをちゃんと見てあげる、
というのはこういうことなんだな、と
考えさせられました。

社員のしている『同じ仕事』を『同じ条件下』で、じっと観察をする。
それによってちょっとした社員の変化に気が付けるのでしょう。
本来マネージャーの仕事って、こういうことなんだな、
ということに気づかされます。

社員の動きに限らず、会社の中には
定点観測できるものがたくさんあります。
店舗の来店数、特定の商品の販売数、顧客満足度、広告に対する来店率などなど・・・。
すべてを現場で自分の目で見ることはできませんから、
このようにいろんな形で数値化し、
その具体的な「数値」として現れたものが
定点観測の材料となります。
経営全体のうち抑えるべきポイントをできる限り数値化し、
その動きを観察することで目に見えることがたくさんあろうかと思います。

何を定点観測するのか。
そしてそこから何を見出すのか。
これが経営者およびマネージャーに大きく問われているのだと思います。

経営は、シンプルなもの

この本の中で語られたものではないですが、
落合監督の下でプレーした選手は
「落合監督の野球は、どんな野球でした?」と問われると
みんな口をそろえて、
「普通の野球でした」
「非常にシンプルな野球でした」と言います。
おそらく、経営だって本当はとてもシンプルなものなのだと思います。
本当はシンプルなものなんだけれども、
日々起こる問題課題に巻き込まれて、
そのシンプルさに気が付くことができていないのだろうな、と感じます。
または経営者自身の心の乱れや欲に囚われて、
自ら複雑なものにしているのかもしれません。

そして、経営というものがいかにシンプルなものであるか、
ということを正しく伝え、
普通のことを普通にやっていけば会社というものは良くなっていくのだ、
ということを経営者の方に実感いただく。
それが私の仕事なのでしょう。


480ページにもわたる非常に分厚い(私はkindleなので厚みは感じないですが)本ですが、
本当に引き込まれ、読み始めたら止まらず読了してしまいます。
興味を持たれた方はぜひ。

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