「逃げる」は肯定的なこと。

人間誰しも、これまでの人生で逃げてきたことがたくさんあると思います。
私もこれまでたくさん挫折し、
たくさんのことから逃げてきました。
でもその結果として今の私があります。

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基本は、逃げないこと

人間、生きていると、
大小さまざまな困難に出会います。
今目の前にあって、すぐにでもどうにかしないといけないものから
将来的に解決しなければならないような中長期的なものまで
本当にさまざまです。

「四苦八苦」という言葉があります。
これは人生の中で避けては通れない「苦」のことであって、
このうち「四苦」とは「生・病・老・死」のことを指します。
お釈迦様は生きることそのものが「苦」であると定めたわけですね。
だからどんな生き方をしていても困難が訪れない生き方なんてのはない、
ということなのでしょう。

そんな次々と訪れる「困難」を全て遠ざけていると
人として全く成長がありませんから、
基本的にはその困難が目の前のものであっても、長期的なものであっても、
それに立ち向かってなんらかの答えを出すことが求められます。

「その人の解決できないような困難は、その人には訪れない」
とも言われます。
その人の解決できるレベルに応じた困難が自然と与えられるということです。
それらをいかに解決するかを頭を整理しながら考え、行動に移していくことで、
人は成長していくものだと思いますし、
会社も成長していきます。

どんな仕事であっても、
そこにはある程度困難が立ちふさがります。
それを解決するのではなく全て目を背けて回避することは、
何もやっていないことと同じです。
困難の種類によっては、
目を背けて放置すればするほど雪玉のように大きな問題となって
降りかかってくるものもあります。

ですから、まずは今、どんな困難や問題を抱えているのか整理し、
混乱するようであれば、ちゃんとそれらを書き出して、
その一つ一つの問題の本質がなんであるのかを考えて、
これらをどのように解決していくのかという仮説のもと、それを実行していく、
ということが大切なんじゃないかと思います。

逃げたいときは徹底的に逃げること

しかし私は前述の、
「その人の解決できないような困難は、その人には訪れない」
ということについて、私はそれを信じていません。

もしそれが本当であるならば、
この世に心を病んでいる人は一人もいません。

その心が病んでしまっているのが、
「本当はその人の力で解決できるのに、それを正面から受け止めないからだ」
と言われるかもしれませんが、
それは単なる根性論であって、
問題に立ち向かっていける容量は人それぞれですから、
そんな根性論を信じて正面から受け止め続けると、
それこそ本当に心が病んでしまうわけです。

私は自分の人生を豊かなものとするために、
「やらないことリスト」を作成しています。
これには複数の意味があって、
うっかりやってしまったり、引き受けてしまうようなことで、
自分の心が削られてしまうようなことがないようにするものであったり、
自分への戒めとしてやってはいけないことも含まれています。

その中に、
「逃げない媚びない」
という一文があります。
先ほど書いたように、問題から逃げると基本、その問題は膨れ上がっていきますから、
目を逸らさないようにするためにこの一文をリストに入れています。
しかしこれには
「でも必要なときには、全力で逃げる」
という注釈をつけています。

これはしんどいな、ということが続いて、その出口が全く見えない場合には、
逃げることが必要です。
場合によっては、逃げ切ることも大切だと思うのです。
そして、逃げるときは全力です。
徹底的に逃げます。
中途半端は、良くないです(笑)。

逃げた先にあるもの

まじめな人ほど、問題に対して真正面から向き合いすぎて、
しんどいことになっていきます。
そして結果として逃げたときに、
その「逃げた」という事実を負い目に感じて、
ずっと背負って生きてしまいます。

しかし、「逃げた」ということは
決して否定的なことではありません。

「人間万事、塞翁が馬」という言葉、
みなさん聞いたことありますよね。
どんな悪いことがあっても、それが結果としていいことにつながるかもしれない。
逆にどんないいことがあっても、結果としてそのせいで悪いことが起こるかもしれない。
そんな格言です。

これまで逃げてきた結果として今があり、
今目の前にある良いことは、過去に逃げたことがあるからこそ、
なんですね。

だから、これまで逃げてきたことや、
これまでの不幸に光を当てるのではなく、
今の「良いこと」に光を当てるということが、とても大切なのだと思います。

今の
「良いこと」
「うれしいこと」
「ありがたいこと」
にフォーカスをすると、
それが過去に逃げた結果であったり、
理不尽なことが起こった結果だということに気付くことができます。

そんな考え方が、今の人生を豊かにしていくんじゃないかな、と思うのです。

私の好きなマンガに、
「銀の匙」というものがあります。
主人公は学歴社会から逃げだして農業高校に入学した高校生。
その逃げ出した自分を否定し続けながらも、
その農業高校で出会った友人たちや、経済動物(家畜)との触れ合いを通して
成長していく姿を描いています。

その中で、校長先生が主人公にかけた言葉を抜粋して、
今日のブログを終わりにしたいと思います。

八軒君(主人公)は「逃げる」という事に否定的なのだね。

逃げてきたことに負い目はあっても、
その逃げた先で起こった事、そこで出会った人、
それらはどうでしたか?
否定するものでしたか?

逃げ道の無い経済動物と君達は違うんですから、
生きるための逃げは有りです。
有り有りです。

逃げた事を卑下しないでそれをプラスに変えてこそ、
逃げた甲斐があるというものです。

銀の匙 荒川弘 作 第4巻より

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