伝えなければ、伝わらない。

経営者が自分の心の中だけで抱えていて、
「言わなくてもわかるだろ」ということは、
社員さんには十中八九、伝わっていません。
皆さんは情報を正しく伝えることに、
どれくらい気を遣っているでしょうか。

「わかってくれるだろう」は禁物

経営者はみんながみんな、
コミュニケーションが得意なわけではありません。
特に職人あがりの経営者はむしろ、口下手な方が多いように思います。
よくしゃべる経営者でも、言葉数ばかり多くて、
結局何を言いたいのかわからない、という方もたまに見かけます。

そして言葉数が少なくて普段情報伝達をしない方ほど、
「言わんでもわかるやろ」
というようなことを言います。
そして
「なんであの社員は、こんなこともわからないんだろう」
と私にグチをこぼしてきます。

いやいや、言わなければわかりませんよね。
超能力者ではないのですから。

日頃長い時間一緒にいるから、
自分の行動から、こんな当たり前のことは伝わってて当然だろう、
ということなのかもしれませんが、
それはその本人にとって当たり前であるだけで、
視点の異なる他人にとっては、当たり前ではありません。

夫婦間や、付き合いの長い友人間でも、お互い分かり合うのは難しいわけですから、
経営者と社員という上司と部下の関係で阿吽の呼吸で分かり合う
というのは、まず考えにくいことです。

確かに中には勘がとても鋭くて
相手の行動や普段のしぐさから
相手が何を考えているのかということを察知することができる人もいるかもしれません。
しかしこんな人は超レアです。

そんなレアな人が自分の会社にいるという前提は間違いです。
自分ができるから、相手もできると思うのは、これまた間違いです。

ですから伝えたいことは、しっかりと言葉で伝える必要があります。
伝えてもいないことを、
「こんなこともわからんのか」
というのは、経営者(または上司)の独りよがりでしかないのです。

「伝わっていない」が前提

伝えると言っても、言葉というものは、案外不自由なものです。
言葉でもって相手に伝えたとしても、
それを相手がどのように解釈したか、ということは
それぞれの感性で異なります。

昔からある有名な実験ですが、
複数の人にA4の白紙を1枚ずつ配って、
お互いに何を書いているかわからないようにしたうえで、
全員に次のように伝えます。

「紙の真ん中に、一本線を引いてください」
「そしてその線の上に、丸を書いてください」

非常にシンプルな投げかけです。
案外みんな自分と同じようなものを書いてくるだろうと思うでしょうが、
これが面白いように、みんな全然違うものを書いてきます。
そして人の書いたものを見て、
「なんでそんなことになるの?」
と思ってしまいます。

しかし、
「紙の真ん中」の解釈も
「一本の線」の長さの解釈も、
「線の上」の解釈も、
人それぞれ違います。
みんなが自分と同じ感性で解釈していると思ったら大間違い。

こんな簡単な問いかけでもこれほどの差が出て来るのに、
日常のちょっと複雑な会話が、
自分の考えているように相手に正しく伝わっていることなど、あろうはずがない、
ということなのです。

それなのに、普段のコミュニケーションで、
自分の意志や意図は相手に伝わった、
と思いがちです。
そしてそれがちゃんと伝わっていないことを知ったときに、
「なんでこんなこともわからへんねん」
と相手のせいにしてしまうのです。

相手からしたら、
「そんなん、わかるわけないやん!」
ということでしかありません。

ですから伝達する側の認識としてはまず、
「伝達したとしてもそれは相手に正確には伝わっていない」
と理解しておきましょう。
その前提があれば、伝わり方が違っていたときに
それを相手のせいにすることもなくなります。
あまり相手への期待値を高め過ぎないようにすることが大切なのです。

伝える努力と成文化

しかし、「どうせ伝わらないのだからしかたない」、
と諦めてしまうのも、どうかと思います。
「正しく伝わっていない」ということを前提にするのは何も、
自分の期待値を上げ過ぎないためだけではありません。
その前提に立つことで、
伝達段階でできるだけ正しく伝わるようにするにはどうすればいいのか、
ということを考えるようになれるのです。

人それぞれ、コミュニケーション能力・情報伝達能力には大きな差があります。
私もセミナー等でわかりやすく伝える能力はありますが、
日常のコミュ力が高いかというと、それほど高いわけではありません。

コミュ力が高い方は、自然と自分の考えていることを的確に相手に伝えることができますが、
そうでない人は、これがなかなかに困難です。
その自覚があるのであれば、日々その向上のために意識するということも大切ですが、
そんなときに力を発揮するのが「成文化」です。

例えば、経営理念や経営方針。
これらは原則、成文化するべきものですが、
たまに、
「わざわざそんなの必要ない」
と主張する経営者さんがおられます。
そしてその人のコミュニケーション能力が飛びぬけて優れている場合、
ちゃんとそれが、社員さんに伝わっていたりするのです。

しかしこれは、たまたまその経営者のコミュ力が突出して優れているだけで、
通常の人はこんなわけにはいきません。
丁寧に時間をかけて成文化することで、
自分の思いが正確に、誤解なく伝わるようになるのです。

前述のコミュ力の高い経営者さんも、
その人の代はそれでいいかもしれませんが、
次の代の経営者はきっとそういうわけにいきません。
その段階で理念・方針が成文化されていないと、
急に経営者の意図が社員さんに伝わらなくなりますから、
いずれにしても成文化を進めておくべきなのです。

言葉は完璧な情報伝達ツールではありません。
むしろ少し買い被られているところがあるツールです。
経営者はそれをよくよく認識したうえで、
まずは、自分の伝えたいことは相手に正しく伝わっていないという前提に立ち、
どうすれば自身の考えていることは、より正確に相手に伝わるのか
ということを意識して、日々のコミュニケーションに努めましょう。

そして意図が伝わっていないことを、相手だけの問題としないよう、
心がけましょう。

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