経営者になるのは、簡単です。
大きい会社の課長になる方が、よほど難しい。
「社長と乞食は、明日からでもなれる」という言葉を聞いたことがあります。
しかし、経営者になるには、覚悟がいります。
特に社員さんを抱えている会社の経営者は。
軽い気持ちで引き継ぐものではない。
最近、とある知り合いの経営者(3代目)がふと、私の前で吐露されました。
「経営者って、軽い気持ちで『うん』と言って引き継いだらあかんもんやなぁ」
その方は自分の親が社長で、
その親が当たり前のように自分を社長に指名するから、
当たり前のように深い考えもなく「うん」と答えて承継したそうです。
経営者としての教育などは、何も特に何もなかったそうです。
その社長は、自分に
「この会社を、こんな会社にしたい!」
という思いはなかった、と言います。
ただただ、引き継いできたものを守るだけ。
そして、
「こんな経営者で、社員さんに悪いことをしたな」と。
だから、その社長も社員さも不幸である、と決めつけるつもりはありません。
でもこんな感じで会社の社長になり、
経営者自身も社員さんも幸せでない会社が
山のようにあるんじゃないかと思います。
必ずしも自分の子供が経営に向いているとは限りません。
それなのに、親は、いとも簡単にそれを背負わせてしまっている。
最終的に本人が決断したことであるとはいえ、
本当の意味で自分の意志で経営者になったのではない。
これはあまり良いことではありませんよね。
特にその会社が、多くの社員さんを抱える組織であれば、
その多くの社員さんの人生をも背負うこととなります。
自分の会社に対して、
「自分の代で、こんな会社にするんだ」
というビジョンと、一方で、
「社員さんの人生を豊かなモノにするんだ」
という決意と覚悟がなければ、
経営を引き継いではならんと思うのです。
M&Aという、選択肢。
そうは言っても、誰かがその会社を引き継がねば、
全社員が路頭に迷います。
親族に承継させない場合、数年前までは
社員承継という選択肢しか一般的ではありませんでした。
特に小規模の会社では。
しかし現在は、M&Aという手段が徐々に一般化しつつあります。
自分自身の生活の一部が経営であった、経営者の子供とは違い、
社員さんは、「経営者」としての意識が自分の中に根付いていません。
ですから、社員さんが経営を引き継ごうとするケースで、
会社に多額の負債がある場合には、
その保証人にならねばならない事実が大きな問題となります。
M&Aは債務ごと次の会社が買取りをするのが
最も一般的(株式譲渡によるM&Aの場合)ですから、
そこの問題はクリアされています。
ただ、買取り先がどのような会社であるのか、
がもっとも大きな問題です。
M&Aによって事業を引き継ぐ場合、
経営者の考えが「イチ抜けた!」では困るのです。
「社員や取引先、そしてこの会社を取り巻く
すべてのものが幸せになるため、
創業者・先代・現社長の会社に対する思いを
汲み取ってくれる」
そんな買取り先との出会いを求めて活動するのが、
本来のM&Aであるはずです。
M&Aは日本語に直訳すると
「合併と買収」です。
しかし実際のM&Aは、そんなドライなものではありません。
人と人とのつながりや思いを引き継ぐ、
もっと人間らしい、血の通ったものです。
いわば、
「会社と会社の結婚」
であるべきものなのです。
私の所属している「日本的M&A推進財団」は、M&Aを
「Marridge & Alliance(結婚と協業)」
と定義しています。
この日本におけるM&Aはやはりそうあるべきなのではないか、と思います。
「全員が幸せになれる承継とは、どんなものなのか」
現経営者の欲や逃避ではなく、これを中心にすえて、
M&Aに取り組みましょう。
そうでないと方針がブレてしまい、結果として
全体が不幸になるおそれがあります。
世の中には「ハゲタカ」のような買取り先も
山のように実存します。
M&Aが実現して相手先と一体となったとき、
互いが本当に良かったと思える関係になれるよう、
お互いのことをよくよく知り合った上で進めていくことが、
M&Aのあるべき姿でしょう。
それでもやっぱり家族承継がベスト
そうはいうものの、やはり状況が許すようであれば
家族が事業を引き継ぐことがベストであると、私は信じています。
日本には「家」という文化があります。
それほど保守的でない人でも、なんとなく、
自分の「家」を引き継いだ、という感覚や、
自分の「家」を守らなければ、という感覚を
持っていると思います(全員ではありませんが)。
この文化の中から自然発生的に、
「家族の中で次の世代が引き継ぐからこそ生まれる責任感」
というものが生まれてくるように思うのです。
そこがサラリーマン経営者とは違うところです。
ですから、自分の息子や娘が、ちゃんとした覚悟をもって
「私が継ぐよ」
と言ってくれることは、本当に幸せなことです。
そんな幸福な現経営者は、ちゃんとその息子や娘の思いを汲み取って、
いつ、事業承継を行うのかゴールを定め、
そこから逆算する形でスケジューリングを行い、
着実に事業承継への道のりを歩んでいきましょう。
本人がやりたいかどうかが最も重要ですが、
ただ「なんとなく」なだけで、結局能力が低ければ、
会社をつぶしてしまいます。
そうならないように、経営者としての資質を身につける時間を
次の世代と共有しましょう。
そして、いざ経営を引き継いだら、先代は潔く身を引き、
自身は陰日向になって、現経営陣を支えましょう。
身を引いたあともあれこれと、口を挟むのは、
美しいことではありません。
こんな形で、良い会社が少しでも多く、
この日本から失われることなく承継され続けていくことを、
切に願います。